ここでは安江静二先生が描かれた作品の一部を
紹介させて頂きます。
下は、スケッチブックから選んで載せたものですが、スケッチとは思えない力強さに満ちています。
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安江先生が好んで描いた山の絵ですが、特に好きだった秋の山の作品です。
安江先生は弟子に言っています。
「秋が一番いいねぇ 本当に秋は美しい。
自然は枯れる前に精一杯の色を出す。
そんな風に死ねたらいいねぇ」
安江静二先生の代表作と言える「見捨てらられた物」シリーズです。
昭和34年、伊勢湾台風が過ぎた後、むき出しになった根っこを見て創造意欲を駆り立てられたと言う「根っこ」。
無残にも道ばたに捨てられた「捨てられた傘」。そして、誰も気づかない岩に咲く苔の花を描いた「石の華」。
これらのモチーフは、見捨てられたような存在を、自分自身に置き換えて描いたと言われています。
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安江静二先生の言葉に「具象とは心に感受したものの表現である」という言葉があります。
これらの作品は、安江先生が心で感じた、心象風景と言えるのではないでしょうか。
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安江先生の描く花の作品はとても人気がありました。
作品を見ていると、先生が向き合って来た心を感じます。
奈良教育大学学長だった赤井達郎先生は、
画集に寄せた巻頭文の中でこう言っています。
「安江さんの作品の奥には、
“ひかり”のような、祈りとしか
言いようのないものが
ひそんでいるように思う。」
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不自由な身体でしたが、よくスケッチに出かけました。
その姿は中津川の街に良く合っていました。
街の人達も姿を見ると「静二さ!お茶飲んでいこ?…。」と招き入れ、
絵の話に花を咲かせたりしました。
戦争中や戦後まもなくは極貧の生活の中、不自由な身体を見下したような呼び方をされたりしました。
そんな時でも、先生は決してひるむことなく、持てる全てを絵を描くことに打ち込み、
自身の生きる意味を探し続けてきました。
街の人たちは、そんな先生を見て、
「静二さ、親戚の新築祝いに絵が欲しいけど…」と、安江静二の作品を買ってくれました。
寒いときには、近くの花屋さんが「地下の花置き場が暖かいから、ここで絵を描いたら…」と招き入れたり、
薬局のおじさんは、洗剤や薬などを何も言わずに只で提供したり、
アトリエがボロボロになった時は、街の有志の人たちが資材を持ち寄り
増築したり、直したりしました。
街の人たちの芸術に対する憧憬の気持ちが、
画家・安江静二を支えていたのではないかと思います。
先生の声が聞こえて来るようです。
「皆様のおかげです。ありがとうございます。」